①話 ②話指輪にまつわるエトセトラ③『指輪にまつわる佐藤アキラ』 俺は電話を切った後、心の底から懺悔の念に駆られた。「……すまん、啓太。 悪いのはお前でも、ましてや俺でもない。 全部俺のカッコ良さが悪いんだ……」「誰からだったの?」 正面でメロンソーダを飲んでいた桃美が、訊ねてくる。 ここは俺がよく利用している喫茶店だ。 この店は、何故かコーヒー以外のメニューがおいしい。「啓太っていう、高校の時からの親友」「へえー、アキラの男友達なんて超レアだね」 俺は男友達が少ない。 何でかって言うと、目の敵にされてしまうから。 ちなみに俺は女友達も少ない。 何でかって言うと、大体付き合ってしまうから。 その中で、アキラは、俺の自由奔放さを見過ごしてくれる稀有な存在であり、 アキラの彼女である涼子は、俺の眉目秀麗さに魅せられない異端な存在だ。「絶滅危惧種に認定されるくらい珍しいよ。 だから、保護してあげたい気持ちは山々なんだけどさ。 あんまり甘やかしすぎると、後で自然に還れなくなったりするだろ?」「そんな大それた話じゃないよね」 桃美がじと目で突っ込む。その目、いいね。「でも、俺がデートをすっぽかしたら、桃美怒るだろ?」「もち。とはいえ、出来る限りのことはしてあげたら? これでアキラとその親友が仲悪くなったら、あたしのせいみたいだし」 髪をいじりながらぶっきらぼうに言う桃美に、俺はじーんと胸を打たれた。 この子はマリアさまの生まれ変わりか? 愛の広大さがハンパじゃない。 啓太、俺にこんな素敵な彼女がいて良かったな。 褒め称えていいぞ。俺が許す。 あれっ? 素敵な彼女といえば、俺の愛すべき恋人達の中に、 ジュエリーショップで働いてる子、いなかったっけか? その子にお願いすれば、指輪のデリバリーくらいはしてくれそうだな……。 俺は携帯を取り出して、 恋人達全員が登録しているメーリングリストに呼びかけてみる。 俺がメールを発信すると、ほぼ同時に桃美の着信も鳴った。「えっと、なになに? 『この中で、ジュエリーショップで働いてる子、挙手プリーズ!』 ……いるのぉ? そんな子。相当遭遇率低いよ」「確かいた気がするんだ。謎は解けてないが、犯人はこの中にいる!」 俺はビシっと携帯を指差す。 我がカッコよさ、ここに極まれり。「それにしても、こんなメーリングリストがよく成立してるよねぇ。 全員が恋敵だっていうのに」 桃美はそんな俺には目もくれず、携帯の画面をぼーっと見つめている。「……恋人の決め台詞をスルーするなんて、 桃美の類まれなる母性本能は、どこに行ってしまったんだ……。 あ、ちなみに、これが何で成立してるかは俺も聞きたい」「? これってアキラがやりだしたことじゃないの?」「違うよ。千里ちゃん知ってるでしょ。あの子が作ったの。 そしたら、結構女の子同士で仲良くなっちゃったんだよなー。 俺とは関係ないとこでもメールのやりとりされてるし」「ふーん。まあ、あたしも登録している一人としては、 気持ちが分からないこともない」「ほほう。君の意見を行ってみたまえ、ワトスン君」「アキラって、自分のことすごい好きだよね」「ああ、好きだな」「でも、女の子も自分と同じくらい好きだよね」「その通り。日本に存在する、やおよろずの女の子を 俺は神のようにあがめている! いや、『ように』は失礼だった。 神としてあがめている!」「それが、女の子同士が仲良くなれる理由なんだろうねー。 アキラは女の子を順位付けしたりしないし。 さすがに五〇股もされてたら、独占する気も失せるっていうか。 でも、部屋に彼女全員分の写真を飾るのはどうかと思うけどね」 俺の部屋の壁には、俺が恋人一人一人と写っているツーショットが、 所狭しと張られている。「女の子教では、偶像崇拝は禁じられていないはずだ」「アホか」「それに、俺のカッコよさは、 神様からだって認められたんだぜ! ある意味、俺って現代に遣わされた預言者かもしんない!」「いつ認められたのよ、言ってごらん」「ある日、朝起きてみると、 額に『僕イケメン!』って書いてあったことがあってさぁ。 俺、嬉しくなっちゃって、一週間くらい消せなかったよ!」「それ、どうせ他の女に合鍵で入られたんでしょ? って、あたし合鍵もらってないですけどー!」 そんな会話をしている間にも、 メーリングリストで情報のやりとりが進んでいく。『一香がそうじゃなかったっけ?』『違う違う。行ったことあるけど、 あの子の店は服しか売ってないよ』『和恵は~(o・ω・o)?』『わたしは違うよー。むしろ買う方専門☆』『あたしは買われる方専門☆』『黙ってろアバズレ』『はいはい、汚い言葉は禁止ですよ~ヾ(*`Д´*)ノ"』『井之川さんって、そうじゃなかった?』『あー、そうだそうだ。結構高めのお店で働いてた気がするー』『はい。今メール見ました。井之川バンビです。 確かに宝石売ってるお店で働いてます』「わぁー。ほんとにいた!」「井之川バンビちゃん、か」 井之川バンビ、井之川バンビ……。 おかしい、顔が思い浮かばないな……。 少なくとも二ヶ月に一回は会っているはずだから、 普通そんなことはありえないんだけど。 俺はいぶかしみながらも、バンビちゃんに事の経緯と、 啓太のデートスケジュールを伝えた。 アトラクションに乗る時間は、待ち時間によって変動するから、 一番確実なのは夕食をとるレストランで待ち伏せすることだ。『分かりました。あたし、アキラさんのために頑張ります!』 うーん、いい返事だ。惚れ直すぞ、こんちくしょう。 それにしても何でこの子のこと、おぼろげにしか思い出せないんだろうなぁー。「そろそろ出よっか。今日はどこ行くの?」「そうだなぁー、あ! 思い出した!」 突然のひらめきに、俺は思わず、ぽんと手を叩いた。 バンビちゃんって、付き合ってからまだ一回もデートしてない子だ。 交際期間はもう一年近くにもなるのに、 なぜかいつも当日に交通事故に合ったりして、 ドタキャンになっちゃうんだよなぁ。「大丈夫かな……。バンビちゃん、相当なドジっ子だぞ……」 ――まあいっか。 もうこの件は俺の手から離れた。 俺は俺で、自分のデートを最大限に楽しむとするさ。④指輪にまつわる井之川バンビ に続く
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